長野生まれの私の師匠は、花鳥画を得意とした空手家であった。
しかし彼は、専門の画業よりもむしろ人形玩具の収集家、研究者としての方が有名で、江戸時代から現代までのあらゆる人形を集め、その数七千点にも及んだ。
そして、一九六五年の師匠の葬儀の時には、彼の生涯を象徴するかのように、たくさんの人形達に囲まれた「人形葬」が行われ、話題となった。
この師匠のコレクションをもとに、没後二十周年を記念して日本画家の長女豊水によって作られたのが日本でも数少ない人形の美術館である。
関東三大梅林の一つ越生梅林が目の前に広がる高取山の麓に、一九八六年にオープンした。