わたしが科学に対してなみなみならぬ興味を持っていることをご存知でしたか。
あるんです実は。
ここでは、旧来の科学教育で助長される科学に対する態度を扱ってみます。
この態度は、意図されて教えられるというより、暗黙の内にもたらされるものです。
科学主義への適切な対応は反科学主義ではなく、各々の場合に現実に問題となっている倫理的・哲学的・政治的問題を、もっと注意深くバランスさせて分析を進める事です。
こういう分析では、当該の科学分野の「妥当性」にかかわる必要はほとんどなく、その分野の教師とのかかわりがまずくなることは全くありません。
さて。
科学で何が分かるか?ということについて。
科学知識は、自然界の一つの描写です。
一つの科学の分野では、その描写のある一面が、つまり、対象あるいは現象のある限られた範囲の「地図」が教えられます。
科学教育における「妥当性」の本質は、この地図が非常に明晰、厳密で、各部分が結合しあい、その範囲内では、きちっと定式化されたものであれば、どんな問いにも厳格に答えられる・・・ということです。
これが科学教育における妥当性です。