Aという狐持ちとされる家筋があるXという部落で、Bという人物が精神を病んだとしよう。
周囲の人はこれを狐愚きではないかと考え、その狐はAから来たのではないかと推測する。
また、Cという人物が事故に遭ったりしたときに、AとCが商売上のライバルだったりすると、AがCを妬んで狐を愚けたのだと考えられたりするのです。
こうした推測は家筋とされる者のあずかり知らぬところで行なわれるので、まったく防ぎようがないという恐ろしさがあります。
しかも、人狐のような霊獣は、命令を受けなくとも、飼い主の気持ちなどを察して活動するなどといわれるので、さらにやっかいです。
また、呪誼などで人に愚いているときとは違い、家筋から霊獣を追放することは、祈疇などで簡単に行なうわけにはいかないとされるのです。
たとえ、その家が徹底した祈薦を行なって、霊獣から縁を切ったと宣言しても、地域からはなかなか信用してもらえず、狐愚きのような出来事が起きればいままで同様に疑われるのです。
四国などでは犬神持ちと疑われたために集落の全員が焼き殺されたという、西洋の魔女裁判のような出来事すら過去に起きています。
こうした家筋の差別の根強さは、憑依呪術が日本人の信仰の根源に根をもっているからだと思われます。
ところで、占いに行きたいので友人に聞いたら、占いはこちら!!って所を教えてもらいました^^