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    <title>インドネシア料理 A to Z</title>
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    <updated>2011-05-13T01:33:52Z</updated>
    <subtitle>インドネシア料理のことなら何でもおまかせ？</subtitle>

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    <title> 春になぜアレルギー症が増える？</title>
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    <summary>春は、暑からず寒からず、もう文句なしの季節のようですが・・・ 一面では秋とともに...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://darnocs.com/">
        <![CDATA[<p>春は、暑からず寒からず、もう文句なしの季節のようですが・・・</p>

<p><br />
一面では秋とともに、アレルギー症の多発する季節でもあります。</p>

<p><br />
最近騒がれている花粉症がそれで、風邪のような鼻炎、結膜炎、ゼンソクなどが多発し、どれも風媒花の花粉によるものです。</p>

<p><br />
どんな花粉が病気を起こさせるかというと、春ではスギ、マツ、ニレ、ハコヤナギなど。</p>

<p><br />
6月ごろはイネ科の雑草やオーチャードグラスなどの牧草が主なものです。</p>

<p><br />
どのくらいの量の花粉が飛んでいるかというと・・・</p>

<p><br />
東京近辺でも多い日には、わずか1平方センチ当たりで1日に1000個もの花粉が落ちるそうです。</p>]]>
        
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    <title>正しい計画で利益を上げる　4</title>
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    <summary>構造上は計画が適切であると仮定すると、次のステップは計画の信頼性を損なう弱点や矛...</summary>
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        <![CDATA[<p>構造上は計画が適切であると仮定すると、次のステップは計画の信頼性を損なう弱点や矛盾点を捜すことです。</p>

<p><br />
次の6つの質問は、致命的欠点がないかどうか確かめるのに役立つでしょう。</p>

<p><br />
1．計画の基盤となっている情報は適切か。</p>

<p><br />
2．売り上げ、経費、の予測は理にかなっているか。</p>

<p><br />
3．重要な経営上の比率は適切か。</p>

<p><br />
4．リスク/報酬比率は妥当か。</p>

<p><br />
5．不慮の事態を十分考慮に入れているか。</p>

<p><br />
6．重要な部門とプロジェクトそれぞれに対してサブプランが組まれているか。</p>

<p><br />
・・・基盤となる情報基盤となる情報がしっかりしていることが、優れた事業計画づくりには大切です。</p>

<p><br />
これは経営陣の製品、マーケット、競争力、さらには経費と利益予測を評価する基盤となります。</p>]]>
        
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    <title>正しい計画で利益を上げる　3</title>
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    <summary>予測が違う場合は、明らかにどこかが間違っているはずなので、計画の詳細を検討する前...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://darnocs.com/">
        <![CDATA[<p>予測が違う場合は、明らかにどこかが間違っているはずなので、計画の詳細を検討する前に、予測を修正する必要があるのです。</p>

<p><br />
まとめると、成功する計画と失敗する計画を見分ける第一歩は、計画が完全で論理的か、素早く検討することです。</p>

<p><br />
つまり、わかりやすいか、道理にかなっているか、経営陣が何をしたいかを明確に説明した要約が書かれているか・・・</p>

<p><br />
論理的で費用対効果の高い行動とプログラムに支えられた筋道の通った文書か、提唱されている行動計画とプログラムは効果的な実践と管理を徹底できるほど詳細なものか・・・・</p>

<p><br />
その行動とプログラムとを照らした場合、販売、費用、売り上げ予測は妥当か、ということです。</p>

<p><br />
この検討段階の第一歩は詳細な分析を含むものではありません。</p>

<p><br />
ものの3十分もあれば十分です。</p>

<p><br />
もっと時間がかかるようなら、計画が複雑すぎ、くどくどと長すぎるのか、あるいは、読み手が遅すぎるということです。</p>

<p><br />
基本部分が誤っているのに、細部に目をむけることなど時間の無駄です。</p>

<p><br />
構造と内容に関する最初の試験をパスしない計画は、事前に作り直されるべきです。</p>

<p><br />
その計画を実行した結果として当然生み出される不良品の再検討に、経営陣が時間を割くのは無駄だからです。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>正しい計画で利益を上げる　2</title>
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    <summary>さらにこれは、ミスを犯した場合でも、あからさまに失敗したことがわかってしまうよう...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://darnocs.com/">
        <![CDATA[<p>さらにこれは、ミスを犯した場合でも、あからさまに失敗したことがわかってしまうような、会計上の数字が締日に出る前に、確実にミスを修正する行動をとることのできる、唯一の方法でもあります。</p>

<p><br />
もう一つ考えなければならない点は、実際の成果を測定できない部分がプランにあるかどうかという点です。</p>

<p><br />
多くの企業は個々のプロジェクト、製品、マーケットごとの経費と利益をたどるすべもなく、ほかにもいろいろと重大なギャップのある情報システムに頼らざるをえません。</p>

<p><br />
・・・このような場合、個々の製品やマーケット分野といった、実際に成果を測定できないものの売り上げや利益を向上させる計画は管理することができません。</p>

<p><br />
管理できないものを計画するのは意味がないので、このカテゴリーに入る部分については、管理基盤ができるまで、計画から除くべきです。</p>

<p><br />
経費予測と売り上げ予測が、事業戦略や事業コンセプトをまとめた文書に一致するよう、計画をまとめなければなりません。</p>

<p><br />
通信事業計画の場合、3年後に3億ドルに達する成長パターンが経費・売り上げ予測に反映されなければならないのです。</p>

<p><br />
利益は税引き後ROSで10%、税引き後ROAで25%を示さなければなりません。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>安全運転を心がけていても・・・</title>
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    <summary> 合宿免許を終えて、安全運転を心がけていても、100回に一回くらいは、ヒヤッとす...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://darnocs.com/">
        <![CDATA[<p><br />
<a href="http://www.menkyo-pts.jp/" target="_blank">合宿免許</a>を終えて、安全運転を心がけていても、100回に一回くらいは、ヒヤッとすることもないとはいえないでしょう。</p>

<p><br />
ただ、この"ヒヤッ"が2回3回と、次第に増えてくるようだと、要注意だ。</p>

<p><br />
あなたの意思決定回路のどこかが狂ってきつつある証拠だからです。</p>

<p><br />
それでは、どうして意思決定回路が狂い、リスキーな判断が多くなってくるのでしょうか。</p>

<p><br />
一つには、ニアミスがあったり、ヒヤッとしたりしたのをあまり重要視しないで、"オレはつき男だ"と、自分を高く評価してしまうことです。</p>

<p><br />
ニアミスには、それなりの原因があり、自分の判断にも問題があったのかもしれません。</p>

<p><br />
それを、"つき"ということだけで解決してしまうと、次第に別の局面でもリスキーな方向に判断するようになってしまうのです。</p>

<p></p>

<p><br />
</p>]]>
        
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    <title>正しい計画で利益を上げる</title>
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    <summary>&quot;できる限り速いスピード&quot;、&quot;利益を最大にする&quot;、&quot;費用削減&quot;、&quot;優れたセールス...</summary>
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        <![CDATA[<p>"できる限り速いスピード"、"利益を最大にする"、"費用削減"、"優れたセールストレーニング"・・・</p>

<p><br />
・・・このような言い回しにはあまり意味がありません。</p>

<p><br />
こういった要約に引き続き、計画には、事業コンセプトか、事業目的と結びついた活動やプログラムの要点が盛り込まれるべきです。</p>

<p><br />
"加入者回線"マーケット向けの新製品や改善製品を開発し、マージンを10%台にまで向上させるためにデザインされた行動やプログラムが提唱されていてしかるべきなのです。</p>

<p><br />
行動計画やプログラムがこのようにつくられていなければ、論理は不完全で、計画は基本的にどこかおかしいのです。</p>

<p><br />
提唱された行動やプログラムは、計画の効果的な遂行と経営管理の基礎となるように、細部にわたって定義される必要があります。</p>

<p><br />
・・・例えば、性能をあげるために、重要なプログラムは踏むべき主要なステップ、発生経費、目標達成までの時間、そして段階ごとの責任者をはっきり示しているでしょうか。</p>

<p><br />
こういった詳細さは重要です。</p>

<p><br />
計画を確実にうまく実践するものがこれ以外にあるでしょうか。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

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    <title>白米食と西洋食　2</title>
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    <summary>この後、海軍では遠洋航海時にパン食を取り入れることになったのです。 その後少し経...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://darnocs.com/">
        <![CDATA[<p>この後、海軍では遠洋航海時にパン食を取り入れることになったのです。</p>

<p><br />
その後少し経って、当時オランダ領であったインドネシアで多かった脚気(向こうではべリベリといわれていた)予防法の研究のためにオランダから派遣されていたエイクマン。</p>

<p><br />
彼は、1897年に玄米をついて白米にする時にでる米ヌカの中に、脚気を予防する成分があることを見付けました。</p>

<p><br />
エイクマンはニワトリの雛を白米で飼うと脚気症状を示すことを見付け、米ヌカを与えると治ることを発見したのです。</p>

<p><br />
現在であれば、<a href="http://www.healthy-one.co.jp/online_shop/detailsfile/echinacea.html" target="_blank">エキナセア</a>のような情報は直ちに世界各国に広まり、脚気の予防に直ちに貢献すると思いますが・・・</p>

<p><br />
当時はこうした結果にも疑問をもつ研究者がいたり、情報の伝達が極く一部の人に限られたりして、脚気の予防がキチンと行われるようになるまでに更に50年近くが必要でした。</p>]]>
        
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    <title>白米食と西洋食</title>
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    <summary>高木兼寛は、脚気が欧米の海軍では起きていないことから、食物・・・ 特に当時の軍艦...</summary>
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        <![CDATA[<p>高木兼寛は、脚気が欧米の海軍では起きていないことから、食物・・・</p>

<p><br />
特に当時の軍艦で主食として使われていた白米食に問題があると考え、大規模なフィールドワークを行いました。</p>

<p><br />
遠洋航海に出ていく軍艦の一方に白米食を基本とした和食を、もう一方の軍艦にパン食を中心とする西洋的な食事を与えたのです。</p>

<p><br />
・・・これ程ドラスティックな結果はないといっていい位の結果でした。</p>

<p><br />
まだ<a href="http://www.healthy-one.co.jp/online_shop/detailsfile/echinacea.html" target="_blank">エキナセア</a>のようなサプリがなかったころの話です。</p>

<p><br />
白米食を与えた軍艦の乗組員では、272日の航海で376名中169名が脚気になり、25名が死亡しました。</p>

<p><br />
しかし、洋食を食べさせた軍艦では、287日で脚気14名、死亡6名といった面期的な結果が得られました。</p>

<p><br />
この研究は栄養学における日本最初の疫学、公衆栄養学のデータといってよいでしょう。</p>

<p><br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>堅気の自前主義　3</title>
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    <summary>こうした受け入れ側の心もちに応える方法の一つは、ボランティア活動にあっては、個々...</summary>
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        <![CDATA[<p>こうした受け入れ側の心もちに応える方法の一つは、ボランティア活動にあっては、個々のボランティアがその代価として料金をうけとるのではありません。</p>

<p><br />
そのボランティアの属する活動団体が心すむかぎりでの金額を寄付として受けとるやり方です。</p>

<p><br />
・・・しかし、現在起こっているボランティア活動の有償化の問題は、もう少し複雑です。</p>

<p><br />
それは活動経費をどのように考えるかということと関連しています。</p>

<p><br />
活動経費の負担については、</p>

<p><br />
1．完全無償(手弁当主義)</p>

<p><br />
2．実費のみ負担(交通費、昼食代、材料費等)</p>

<p><br />
3．実費プラス日当の負担</p>

<p><br />
4．賃金報酬の負担(パートタイマー)</p>

<p><br />
・・・という4形態が考えられます。</p>

<p><br />
問題は2．の「実費のみ負担」までをボランティア活動と考えるかどうかです。</p>

<p><br />
・・・明らかなことは、3．と4．がボランティア活動とは異質の仕事という性質をもっていることです。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>例えば・・・・</title>
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    <summary>Aという狐持ちとされる家筋があるXという部落で、Bという人物が精神を病んだとしよ...</summary>
    </mt:EntryTags></mt:EntryIfTagged>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://darnocs.com/">
        <![CDATA[<p>Aという狐持ちとされる家筋があるXという部落で、Bという人物が精神を病んだとしよう。</p>

<p><br />
周囲の人はこれを狐愚きではないかと考え、その狐はAから来たのではないかと推測する。</p>

<p><br />
また、Cという人物が事故に遭ったりしたときに、AとCが商売上のライバルだったりすると、AがCを妬んで狐を愚けたのだと考えられたりするのです。</p>

<p><br />
こうした推測は家筋とされる者のあずかり知らぬところで行なわれるので、まったく防ぎようがないという恐ろしさがあります。</p>

<p><br />
しかも、人狐のような霊獣は、命令を受けなくとも、飼い主の気持ちなどを察して活動するなどといわれるので、さらにやっかいです。</p>

<p><br />
また、呪誼などで人に愚いているときとは違い、家筋から霊獣を追放することは、祈疇などで簡単に行なうわけにはいかないとされるのです。</p>

<p><br />
たとえ、その家が徹底した祈薦を行なって、霊獣から縁を切ったと宣言しても、地域からはなかなか信用してもらえず、狐愚きのような出来事が起きればいままで同様に疑われるのです。</p>

<p><br />
四国などでは犬神持ちと疑われたために集落の全員が焼き殺されたという、西洋の魔女裁判のような出来事すら過去に起きています。</p>

<p><br />
こうした家筋の差別の根強さは、憑依呪術が日本人の信仰の根源に根をもっているからだと思われます。</p>

<p><br />
ところで、占いに行きたいので友人に聞いたら、<a href="http://www.e-aine.com" target="_blank">占いはこちら</a>！！って所を教えてもらいました＾＾<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>堅気の自前主義　2</title>
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    <summary>この制度が申請主義で始動するため、制度に無知であるとか、面倒であるとかということ...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://darnocs.com/">
        <![CDATA[<p>この制度が申請主義で始動するため、制度に無知であるとか、面倒であるとかということもあるかもしれません。</p>

<p><br />
しかし、権利としての生活保護費の支給をあえて拒もうとする「堅気の自前主義」が、この落差を創り出している要因であることは間違いないでしょう。</p>

<p><br />
皮肉な見方をすれば、この「堅気の自前主義」が本当は支出しなければならない生活保護費の支出額をその分だけ少なくしている原因となっており、財政支出の抑制に役立っているともいえるでしょう。</p>

<p><br />
・・・そして、おそらく、今日、日本型福祉社会の建設の論議でいわれる、「自立・自助論」も、国や自治体の政策当局が意図しているかどうかは定かではないですが、この生活態度と符合していることは明らかです。</p>

<p><br />
さて、話しをボランティア活動にもどせば、日本社会で実際に活動するボランティアがなかなか増えないのは、なぜでしょうか。</p>

<p><br />
自発・自前・無償を原則とする活動を自分の生活様式のなかに組みこみうる人が相対的に少ないということに主な原因があります。</p>

<p><br />
しかし実は、この無料のサービス活動を受け容れることに対する人びとのちゅうちょにも、その一因があるのではないかと考えられます。</p>

<p><br />
・・・つまり、サービスを受ける側が無料でサービスをしてもらっては悪い、心苦しいと考えていると同時に、いくらかでも代価を払うことによって非対称な関係を対称化したい、無料のサービスを受けることにともなう心理的負担から解放されたいという意識をもっているのではないか・・・。</p>

<p><br />
これをどう考えるかです。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>堅気の自前主義</title>
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    <summary>ここでいう「堅気の自前主義」とは、普通の人が世間で暮す日常行動の原則みたいなもの...</summary>
    </mt:EntryTags></mt:EntryIfTagged>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://darnocs.com/">
        <![CDATA[<p>ここでいう「堅気の自前主義」とは、普通の人が世間で暮す日常行動の原則みたいなもので、それは・・・</p>

<p><br />
1．正業をもち堅実な生計を営むこと</p>

<p><br />
2．できるだけ他人様に迷惑をかけないような自前の暮しをすること</p>

<p><br />
3．もし他人様に迷惑をかけることがあれば礼をつくし、しかるべきお返しをすること</p>

<p><br />
・・・つまり、対人関係における貸借対照表上のバランスをつねに保ち、借りを放置しない生活態度のことであるということができます。</p>

<p><br />
今日でも行われている義理返しは、この生活態度の形式化された慣行です。</p>

<p><br />
お礼の気持ちを表すのに「品物に心を乗せる」という交際儀礼が依然として根強いのもその現れです。</p>

<p><br />
この生活態度においては、他人様に、まったく無償で助けてもらうこと、あるいは面倒をみてもらうことに、ある種のうしろめたさ、ないしちゅうちょを感じ、それをできるだけ避けようとするのです。</p>

<p><br />
福祉の分野にかぎってみても、例えぱ福祉国家の基幹制度としての生活保護の受給事態を数値でみると、つねに実際の受給者が受給資格者を下回りつづけています。</p>

<p><br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>科学的な世界像</title>
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    <summary>もう2月になってしまいましたね。早いものです。節分にはちゃんと豆をまきましたか？...</summary>
    </mt:EntryTags></mt:EntryIfTagged>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://darnocs.com/">
        <![CDATA[<p>もう2月になってしまいましたね。</p><p><br /></p><p>早いものです。</p><p><br /></p><p>節分にはちゃんと豆をまきましたか？</p><p><br /></p><p>わたしはまきました。<br /></p><p><br /></p><p>わたしは鬼役には絶対にならないことにしています。<br /></p><p><br /></p><p>そんなことはどうでもいいか。<br /></p><p><br /></p><p>今回のタイトルどうですか？「科学的な世界像」。</p><p><br /></p><p>かっこいいですよね。<br /></p><p><br /></p><p>「科学的な世界像」というものは、人々が信じ、話題にはしますが、現実に独立の話題として教育される事はほとんどないものです。</p><p><br /></p><p>科学教育のほんの入口の段階では、「科学的世界像」のある初歩的な面が語られます。</p><p><br /></p><p>けれども、「科学概論」のカリキュラムは、OレベルとAレベルの、旧来の専門分野にそって、容易に分割されてしまうものです。</p><p><br /></p><p>それ以上の学年には、科学教育に自然の全体的な科学的描写を教える場はありません。</p><p><br /></p><p>物理学や化学の学生は、地質学や生理学については何らの教育も受けないのです。</p><p><br /></p><p>医学部の学生は、行動心理学をちょっとかじるに過ぎません。</p><p><br /></p><p>既存の専門分野に比して、大学での区分は少し狭いのかもしれないですね。</p><p><br /></p><p>ある大学の物理学科では、天文学や宇宙論は決して取り上げられないでしょう。</p><p><br /></p><p>また、別の大学では、金属やポリマーのような素材の物理的振舞いは説明されないかもしれません。</p><p><br /></p><p>そういうことです。</p><p><br /></p><p>では、アリーヴェデルチ。<br /></p><p><br /></p>]]>
        
    </content>
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    <title>大学での科学の勉強</title>
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    <summary>今日はあったかいですね。もう1月も半ばになってしまいました。早いものです。今年も...</summary>
    </mt:EntryTags></mt:EntryIfTagged>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://darnocs.com/">
        <![CDATA[<p>今日はあったかいですね。</p><p><br /></p><p>もう1月も半ばになってしまいました。</p><p><br /></p><p>早いものです。</p><p><br /></p><p>今年もがんばっていきましょう。<br /></p><p><br /></p><p>さて。</p><p><br /></p><p>引き続き、科学の教育についての話をしていきますが、今回は大学での勉強について。<br /></p><p><br /></p><p>大学では、分野間の違いが少し誇張されています。</p><p><br /></p><p>しかしだからといって、科学には自分たちの分野しかないなどといった教育がなされているわけではありません。</p><p><br /></p><p>その逆に、科学の教師は、もっと大きな分野のメンバーであることに、何か誇りをもっているものです。</p><p><br /></p><p>しかし、教育は高度に専門化しているのが普通なので、余り馴染んでいない科学分野については、ぼんやりとした観念しか持ち合わせていないものです。</p><p><br /></p><p>中学・高校のどちらでも、生物の先生は物理学を良く知らないとあっさり認めます。</p><p><br /></p><p>けれども、物理の教師となると、数学を少し良く分かっているので、生物を勉強しようとしてもうまくはいくまいと感じてはいますが、生物学の膨大な「諸事実」を軽蔑しているのが本音でしょう。</p><p><br /></p><p>こういうものなのです。<br /></p><p><br /></p>]]>
        
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    <title>古宇利島の島建て</title>
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        <![CDATA[<p>沖縄ツアーなどに参加すればわかると思いますが、沖縄にはたくさんの民話や伝説があります。</p>

<p></p>

<p>国頭郡今帰仁村古宇利に伝わる話で、「古宇利島の島建て」というものがあるのでここで紹介します。</p>

<p></p>

<p>太古の神々は、古宇利島をつくると、そこに二人の男女を配しました。</p>

<p><br />
二人は神が与えてくれる餅を食べて、新天地を走りまわって遊び暮らしていました。</p>

<p><br />
しかし、しだいに知恵が目覚め、食物を節して貯え、不時のときの用意をして置くことを考えつきました。</p>

<p><br />
神々はそれを知って愕然としました。</p>

<p><br />
もう餅を与える必要がないことを悟ったのです。</p>

<p><br />
それからの二人は、命をつなぐための食物を、額に汗して探さねばならなくなりました。</p>

<p><br />
赤螺が食べられることを知りました。</p>

<p><br />
木の実を選り分ける知恵も会得しました。</p>

<p><br />
あるとき、海馬の交尾を見て交わりの道も知りました。</p>

<p><br />
また、裸でいることに差恥を覚え、クバの葉で前をかくすようになりました。</p>

<p><br />
古宇利島にある森の中には御嶽があり、そこに二個の燭骸が祀られてありますが、それこそ島建ての二人の男女のもので、すべての島民はその子孫だということです。</p>

<p><br />
</p>]]>
        
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